2018年10月27日土曜日

世論とのつながりかた

フェイスブックより社会を広く感じられる気がして、ツイッターの方を愛用しているが、広げるためにあまり選別せずにフォローしているのもあって、世の出来事に対して「なんでそう考えるのか…」とあきれるようなツブヤキを目にする機会も多く、イライラして精神衛生に悪いという難点がある。フォローしなきゃいいんだけど、自分の関心上、たとえば普通の競輪ファンの声とか聞きたいという気持ちもあるし、パッパとフォロー外しをするのも気が進まない。自分が「政治的」なツイート、RTいっぱいするから、外した、という人は結構いるだろうけど。

インテリだけと付き合えたら、そりゃ楽だろうなと思う。純度を高めておけば、例えば、安田さんの解放に関して、あるいは、安倍政権に対して、共感できる声ばかりが聞えるようになるし、その方が「楽しみ」としてはいいのだけど、あんな状態でも安倍支持率が4割もある、ということが、ただの不思議(あるいは陰謀)にしか見えてこないようになってしまうかもしれないな、という懸念もある。大衆的な下町に生まれ、たぶん一生そこで貧乏暮らしをし続ける自分のような人間が、大衆に嫌悪感を抱く、というのは自分を否定するということでもある。安全地帯に抜け出て、上から、庶民を見つめたい、という嫌らしい願望が自分の中にはあったのかもしれない。などと自己反省をしてみたり。まぁ、そんなことは今はいいや。

我慢できる範囲で、小雨には傘をささないでおこうか、気楽にミュートなどすればいいか、適宜考えよう。3次元で他人と雑談する機会がほとんどないため、SNS切ったら寂しすぎるなと思ってついつい依存してしまっているが、もっと孤独に耐性をつけた方がいいのだろう。あとは、他人の意見に、いちいちイライラしないように、反応しないようにすることか。ちょっとした共感が喜びになるんだから、反対が不快になるのは、当然の原理なのだけど。まぁ、でも少しは受け流す力がついたかも。これでも。以前は、「なんでそうなんだよ?」と、いろんなことにいちいち反応していたからなぁ。日常生活でも。

2018年10月21日日曜日

俺、僕、私

高橋源一郎氏が小川榮太郎氏について上から批判した(ことになるのか)例のエッセー(「俺は泣いた」)の件、色々気になることがあった中、些末なことなのだけど、一人称「俺」なんだな、というのもあった。普段、彼の書いたもの読んでないので分からないが、いつも「俺」なんですかね。もしかしたら、「泣いた」に合わせて「俺」にしたのか。どっちでもいいんだけど、ひっかかるのはひっかかった。別に、俺だろうが、僕、私だろうが何でもいいのだけど、文系のインテリは、僕・私が普通のように思っていたので、あえて「俺」か、どんなココロなのか、と気になったのだ。

男の一人称は、気にしだすと気になる。女の人だって簡単ではないだろうが、ベタな選択肢が3つもあって、何かを選んだらそれなりに意味が発生する。他者へ向けた自己呈示に関わって、さりげなさを演出しているように見えたら、不自然な匂いがしてきたりもする。オレ、ボク、ぼく、わたし、とカナを使ったりするのも、その辺のことを意識してのものだろう。

自分は、日常会話では、おそらく大学院に入ったころから、「俺」を控えるようになった気がする。表面的な部分だけでも、マッチョさを消すべきだ、と考えてのことだった、と思う。でも、しばらくは「俺」がちょくちょく出てきた。今は、ほとんど「僕」になっている。仕事では「私」も使う。今、ふと、もうつき合いがなくなった知人が、普段から「私」で統一していて、この人は何で「私」なんだろうと気になったことを思い出した。大学院時代の知り合いなので、その頃でもまだ私は「俺」だったのかもしれない。

話し言葉については、ここではおく。書き言葉になると、「自然に出ちゃう」という以上の、意図があるのは間違いない。どれを選ぶのか、で。ツイッターとかを読んでいて、「この人、『俺』なんだなぁ」と意外に思ったりすることもある。「私」の方が無難なのは間違いないだろうから、俺の人は、普段から俺だから、軽い書き物で私は不自然と感じてのことなのか、俺っぽく見せたいのか、どっちなんだろう、などと。(高橋源一郎「俺は泣いた」を読むまでは、それほど気にしていたわけではないですが。)論文や本などは、普通、「私」、あるいは「筆者」だろうから、SNSなんかが普及するまでは、他人が「普段使いの書き言葉での一人称」に何を使っているのか、知る機会ってあんまりなかったのだろうと思う。もしかして、と気になって、小川榮太郎氏のフェイスブックを覗いてみた。「小生、とかかな、フフフ」と期待したけど、普通に「私」でした。

「私」が文学的に気取って書いた文章を、「俺」が軽く切って捨てたという構図か。「俺は泣いた」「僕は泣いた」「私は泣いた」…まぁ、こう並べたら、「俺」じゃないと決まらないですけどね。確かに。普通の仕事の人は知らないですが、大学の先生職やっているような人の中では、多分、「俺」は少数派だと思うので、「あえて感」が漂うのは間違いない。僕や私よりは、キャラ設定っぽく感じてしまうが、気にしすぎかも。

まとまらないから、このへんで。これから、どれでいこうかしら、とちょっと考えてみたり。こういう所で書いているのを振り返ってみると、ふざけて逃げる時は、ワテ、ワシとか大阪風味を使っているようですね…俺。



http://kangaeruhito.jp/articles/-/2641

2018年10月6日土曜日

京橋名物に完敗

最寄り駅構内のコンビニでパンを買って、電車が来るまでにホームでかぶりつく、という雑な昼飯になってしまった。仕事は午後からだが、連続で三コマ。家での準備に手間取り、ちゃんとしたもの食って出る余裕がなかった。サンドイッチとかを買えば良かったのだが、ついミルククリームフランスに手を出した。美味い。が、当然ながら、甘い。メシにはやっぱりショッパイ系にせんとあかんよな、と思いながら、乗り換えの京阪電車京橋駅にたどりついた。

ここのホームの売店には、なぜかフランクフルトが売っていて「京橋名物」をうたっている。普段、見かけても「なんで名物やねん」とつっこむだけだが、何せ口の中が甘いものだから、めちゃくちゃ美味そうに思えた。どうするかな、と売店前で突っ立って迷っていたら、近くにいたおじさんが、迷いなくさっと購入した。しかも、二本も。様子を見ていた連れのおじさんに、笑顔で一本さし出した。駅のホームでフランクフルトをほうばる、という子供っぽくも見える振る舞いに、ちょっと照れるような様子でもあったが、二人とも何だか楽しそうで、そして、めちゃくちゃ美味そうだった。甘い口を緩和するために食べたかったさっきの状態を60点とすると、95点くらいに食べたい度は跳ね上がった。が、ここで手を出したら、「二人が食べている様子に誘われた」の丸出しだ。ああ、どうしようかな、とさらに躊躇していたら、別の兄ちゃんが購入した。

これは確実に、さっきのおじさんにつられたパターンだ。美味そうに見えたんだな、兄ちゃんも。しかし、注文時の照れのなさを見ると、誘われたことを意識すらしておらず、まるで潜在意識に動かされているかのようであった。他人が食べている姿に誘われて、つい買ってしまう、なんて、言ってみれば、店側の思うつぼでもあり、何とも主体性がなさすぎる。食べたい度は、身体的には99点になっていたが、心が冷めてしまい「ここは我慢すべき」と断念し、やってきた電車に駆けこんだのだった。何かに勝ったような、逆に、負けたような変な気分を抱えて、職場にむかった。

これが、先週の話。今日も、同じルートで、京橋駅へ。口の中は、さほど甘くなかったが、何の迷いもなく、一直線に売店へ向かいフランクフルトを購入した。どこにでもある、普通の味。しかし、美味かった。「一週殺し」の技をかけられて、負けたような気分だ。「京橋名物」という、あの看板に身体が騙されているのだ。きっと。すごい看板、なのかもしれない。

2018年9月19日水曜日

知らない人への部分的メッセージみたいなもの

九州大学の元大学院生が研究室に放火して自殺するという事件があった。苦学して大学院に進学し、研究職への就職をめざしていたが叶えられず、不安定な生活が続き、行き詰った末の決行ではないか、という「背景」が報道された。ツイッターでは、アカデミズム界隈の方々から、「他人事ではない」「彼は自分だったかもしれぬ」という反応が、方々から聞かれた。自分も、当然、心にひっかかる事件なのだが、ニュースが耳に入るのと、ほぼ同時くらいに、それらの反応を目にしたので、何となく白けた気分になった。他人事ではない、と語っている多くが、すでに、彼が陥っていたとされる、苦しい「その状況」から抜け出した後の人たちに見えたからだ。何となく、今時の表現(なのか)を使うと、「上から目線」を感じた。自分は生き残った、抜け出した、ああよかった。そのことにしみじみと安堵した上での、もしかしたら自分だったかもしれぬ、に見えちゃったのだ。間違いなく、僻み根性による、歪んだ見方である。全部のツイートに目を通したわけではないが、多くが誠実な感想表明だったように思う。大学人らしく、個々の問題を、社会的文脈に結び付け、「みんなの問題」として、捉えなおしたような。学ぶべき意見もあって、それを認めた上での、個人的な白け、だ。彼と同じような、と多分思われる「その状況」にいる自分は、彼が自分だったかも、とは全く思わなかった。他人事だ、と思った。自分事だ、と思ったら、やってられないから、かもしれない。知らんがな、と思った。

安定した研究職に就職する見込みは、ほぼない。「ソフトランディング」して、他の道に行く機会も既に逸した。手に職もない。かといって、やってきたことを全部投げ出して、完全フリーアルバイターとして生きるのは、つらい。その労働時間、どんな葛藤に苛まれるかと考えると、とてもまともではいられない。何とかしなければならない。でも、じゃぁ、今、何をどうすればいいかは分からない。そういう状況は、ほとんど私も一緒だ。『西日本新聞』のネット記事一本を読んだだけだから、そこに書かれていたことから解釈した、記者の解釈を私が解釈した、彼の「状況」に過ぎないが。彼は、もうバイト中心に移行していたようだ。自分は、まだ、大学周りのアルバイトだけで済んでいる。ただ、今の所、再来年には何かはじめないと厳しそう、というのが予定されている。年齢は、彼より私の方が上だ。もちろん、それはマイナス要因だ。年齢差別が、この社会(全体社会と大学業界ともに)で如何に強いか、「老眼の若手」の居づらさを、彼も感じていたんじゃないか、と勝手に想像してしまう。「普通の若手」と交流を断っていたらしいし。それくらい、「同じ」だからこそ、彼我の違いにしか目が行かなかった。いやいやいや、一緒にせんといてくれ。違う違う、あんたと私は全然ちゃうで、と。

彼は死んだ。私は生きている。「その状況」から抜け出したからではなく、同じような状況にいるが、生きる方を選んでいる。その点で、彼と私は、決定的に違う。もちろん、死にたいと思ったことが全くないわけではない。が、そんなの、誰だって一回や二回あるだろう。老眼になるくらい生きていりゃ。いくら似ているように見えても、全く違うのだ。「自分だったかもしれない」と気楽に(ってことはないのでしょうが)言えるのは、全然違う状況にいることを、心の底から実感できているからじゃないか、良いですね、簡単に同一化できて、なんて思っちゃうのだ。そんなことはないのです。それは分かっているのです。苦労して、抜け出した人たちが、自分の過去の経験から、ヒリヒリするような思いからの「理解」なのは、重々承知です。それでも、気楽に見えてしまうのです。これは誤解しないで欲しいが、資格の話をしているのではない。自分の方が、彼の気持ちが分かるんだ、なんて言っているのでは全然ない。私は、分かりません。彼の気持ちなんて。誰にも、自分はよく分かっている、なんて特権的に言える権利はないんじゃないか、ということです。(もちろん、個人的な知り合いは別です。)もちろん、社会で起こった出来事に、各自好きなことを言うのは大事なことであり、当然自由だから、皆好きに言ったらいいし、自分もこうやって言っているのだが、簡単に理解されたり、分かられたりされるのは、かわいそうだ、という気がするのだ。

繰り返しになるが、自分もあの時代に苦労したから、だから「分かる」という人の気持ちも「分かる」気がするが、出口がないように見えた「その状況」は、そこから抜け出した瞬間に、もう、完全に別のものになっているのではないか。どんなギリギリでも。今日、抜けた、という人も。その瞬間に、「出口のある状況」での苦労物語になっているのだ。出口を信じて、自分を信じて、時に不安になりながらも、前にすすめた。そして、見事、出口を見つけたのだ。「その状況」の特徴は、出口がないことであり、出た人が経験したのは、もう「その状況」ではないのだ。それは、もう、全く違う経験だ。「同じ経験をした」なんて言えないのではないか。それがあっと言う間だった人も、「平均」よりグッと長かったという人も、抜けた人は、抜けたのだ。出口があったのだ。彼には、無かった。結果としても、無かった。少なくとも、望んでいただろう出口は。あと5年頑張っていたらどうか。そんな想像は虚しい。もうダメだったのだ。この辺は、めちゃくちゃ勝手な想像だが、彼自身、後期若手時代的状況を自覚し始めてからは、どんどん出口の実在の可能性を信じられなくなっていただろう。この可能性っていうものが、またくせ者で、確固たるデータなんて何もないのだ。周りの様子を見る。こういう例もあった。ああいう例もあった。一般的には、これこれこうと言われている。それら自分が見聞きしたモノから生まれた状況定義にすぎない。もうだめだ、と思い始めて、かなり経っていただろう。論文なんて書けなくなっていたと思う。そんな「その状況」を、出口のあった人が、自分も経験してきましたよ、みたいに語られると、ちょっと辛くなる。彼がかわいそうに思う。そんなの、経験していないでしょう。自分も、経験はしていない。似ている所があるだけだ。彼の公式的な立場から推定できる何かについて、大学院に行ったことがない人よりは、ちょっと詳しいかもしれないくらいのもので、何が彼を追いつめたのか、なんであんなことしちゃったのかについては、全然分かりません、ということなのだ。

何で死んだんや。なんで研究室に放火なんかしたんや。アホか。いろいろあったんだろう「その状況」の他にも、辛い事や、悩みが。バイト先で嫌な奴にあったんと違うか。介護の問題とかもあったんじゃないか。ベタな想像で悪いけど、恋愛で苦しんでいたとか。「その状況」以外に、苦しい事がいっぱいあったんやろ。気の毒に。そやけど、自分も含め、こうやって日本中から、「分かる」とか言われてしまうんは、あんたが悪いんやで。研究室で死ぬなんて、なんでそんな象徴的な行為をしたのよ。言葉があるでしょ、言葉が。腹立つことがあったんなら、嫌な奴がいたのなら、それ書いておいてよ。あの時の、あの一言がショックだったとか、あれが気になって仕方なかったとか、何でもいいから。自分に不甲斐ないと思ったのか。宅配のバイト、辛かったですか。勉強したかったですか。もうどうでもよくなりかけてましたか。どうなんですか。論文書けない気持ちは、申し訳ないが、よく「分かる」気がする。でも、読み書き能力は、別に研究のためにあるもんと違いますよ。研究にも使えるだけで、コミュニケーションの道具なんやで。文系なんやし、折角それなりにもっている道具があるんやから、何か書いておいてよ。ネットもあるんやし、見える場所に。それが読まれて、「分かる」「分からん」言われるんなら、別にいいがな。コミュニケーションなんて部分的に伝わったら上出来なんやから。無言で象徴的行為をしてしまうくらいなんやったら。それしかどうしようもなかったんやろうけど。書くような気力なかったんやろうけど。自分用には何か書いていたのかもしれないけど。黙ってやったら、どんなしんどかったかしらんが、自己中心的な、幼稚な愚行と判断するしかないやないですか。そんなことしたら、「気持ちを読み解いてよ」と、誰かに甘えてるだけに見えるやないですか。知らん人なのに、勝手に乗っかって、自分が何かを言うための素材にしてしまい、申し訳ないです。自分は何の迷惑もかけられてないのに。ごめんなさい。でも、あなたの気持ちはよく分からない、とだけは言っておきたい。

自分もそのうち死ぬでしょう。当たり前だけど。一応、自然なお迎えが来るまで待っているつもりではおりますが、人生何があるかわかりません。さっきも書いたように、私ら同様、似非インテリな皆さんなら、一度や二度は、ああいっそのこと、と思い詰めたことくらいあるでしょうし、これからも絶対ないとは言えません。「その状況」からの出口があった人でも、それは当然、いろいろあるでしょうから。だから、まぁ、しないようにはしますが、もし、そんなことになったとしてもですね、「ああ、彼も「その状況」に苦しんでいたからなぁ、気の毒に」とか勝手に分からないでください、とお願いしておきます。(誰にお願いしているか、というと、半分は自分に言ってます。)私は、別に、日々、全面的な苦しみにあえいではおりません。部分的には、いつも幾つもの不安に苛まれていますが、そんなの「普通」でしょう。実際、お金で解決できることがめちゃくちゃ多いので、ツイッターなどで愚痴はこぼし続けるかもしれませんが、暑い、とか、地震怖いな、とか、白菜高いな、とか、そういうものと、同種のものですわ。「ソフトランディング」云々、も、そりゃもうずっと考えています。動きが遅いだけで。パッと動けるようなら、もうどうにかなってますわ。何の話や。えー、だから、もし、万一、そういうことになったら、今では想像できないような、それなりの理由がいろいろあったからに違いないのです。仕事上の不遇と関連する諸々は、そのうちの一つではあるでしょうが、たぶん、その時の自分を突き動かした主要因ではないはずですので、ひとつ、その辺、よろしくです。

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/450029/

2018年9月5日水曜日

淀川を渡る暴風

今の住まいは、淀川のすぐそばの古いマンションで、ベランダから河川敷越しに梅田の高層ビルも見渡せるなかなかの絶景なのだが、遮る物がないため、普段から相当に強い風が吹いている。今回、「非常に強い台風」がほぼ直撃ということで、ベランダに物を置かないでおく、というくらいの緩い警戒は一応していたのだが、まぁでも倒れるわけはないし、万一洪水でも3階から上は大丈夫だろうし、と、どっちかというと非日常を期待するような気持ちの方が強かった。多くの人も同じだろうけど、風が強くなる直前まで(うちで言うと午後2時位)ちょっと風が強いかなって程度で、JRが前日から運休予告したり、色んな店舗が休業していたりした割には、それほどでもないかもな、なんて思っていた。

が、暴風圏に入ると、想像の何倍という激しい風が吹きあれた。淀川の水面から水しぶきが吹きあがる。河口から潮が逆流しているのが、はっきりと分かるように、どんどん水位があがっていく。いつも、少年野球やサッカーチームが練習しているグランドも波に飲み込まれ、バックネットやサッカーゴールなんかも激流にながされている。うちの部屋は、ベランダに面したアルミサッシが古びているため立てつけが悪いのだが、突風にガタガタ震えはじめ、これは壊れちゃうんじゃないかというくらいだった。同居人と二人で、変化する様子を、すごいなと半分笑いながら眺めていたのだが、すぐに余裕がなくなってきた。防災的には、こんな時は、窓から離れてじっとしておくべきなのだろうけど、ガタガタの揺れが破壊につながるような気がして、半身になって窓全体を抑えていた。アニメの竜巻シーンみたいに、色んなものが空中を飛びまわりはじめた。時たま、風の塊りが波しぶきをまとめて、ぶつかってくるみたいに吹きつけてきたりした。このサッシ、とても持たないぞ。ぶっ壊れたら、部屋の中めちゃくちゃになるな。いや、ひょっとして、死んでまうんじゃないか…。頭の中が真っ白というほどではないが、どうしたらいいかよく分からない状態になっていた。とにかく、怖かった。激しかったのは、小一時間か。体感としては、もっと長かった。やがて、ピークを過ぎたのがはっきり分かってきて、ようやくツイッターを覗いたりする余裕が生まれた。

ニュースで、状況確認。各地の被害、あの風なら、そりゃそうやろうと思う。そにしてもJRの予告運休はほんとに英断だ。都市全体を無理やり休業に持って行っていたからこそ、これくらいの被害で済んだのだろう。ちょっと前に、たまたま大阪の水についての番組で、大正区のかつての水害の話を見たところだった。室戸台風とか伊勢湾台風の時、海抜ゼロメートルのあの地域がどれだけ水害の被害にあったか、それ以降、3メートルも地上げしたり、防潮堤整備したりして被害はなくなったという話だった。この辺りも、ゼロメートル以下地帯で、それらの台風の時の被害はすごかったはず。子どもの頃、社会科の時間でちょっと勉強したような。それらの過去の教訓が生かされて、土木整備がされたからこそ、この程度なのだろう。気象学とか、土木技術が、過去の経験を引き継いだ知恵の結晶であり、それを行政が生かすことの重要性にあらためて気づかされた。

5時位から、堤防の上にも人の姿がちらほらし始めた。ピークの時は、流石にどんな命知らずの野次馬でも立っていられるような状況じゃなかったが。満潮の時間を念頭においても、大きな危険は去っただろうと判断し、私と同居人も、辺りの様子を見に出かけた。近くの緑地帯では、大きな木が何本も根こそぎ倒れていた。道路では横転しているトラックもあった。瓦がところどころはがれている家もあった。公園の近くでは、交通標識が一本、ぽっきり折れていた。テントみたいなものが、電柱に引っかかっていたりした。

そんなこんなで「非常に強い台風」は、とても恐ろしいものだ、ということを実感しました。気象予報士の方々がツイッターなどで鳴らしていた警鐘は、本当にその通りでした。今回の、そしてこれまでの諸々の自然災害で被害にあった人たちの、怖さ、これまでよりはもうちょっとだけ共感をもって分かるようになった気もします。すぐに喉もと過ぎた感じになってしまうとは思いますが。

河川敷を高潮が飲み込んでいた時

中学生が「インスタ映えや!」とハイテンションで撮っていた。他人の不幸を何やと思てんねん、と言いながら、自分もパチリ。運転手さんは無事だったよう。

近所の緑地帯、大きな木が何本もバッタリ。抜かれてしまうことになるんやろうか。

少年野球のネット。ゴミがたまっていた。

どこまで水が来たのか、一目瞭然の「ライン」ができていた。

2018年9月3日月曜日

日記も書けない

ブログは更新しなくても、自分用の日記(のようなもの)は書いていたのだけど、ここ二週間くらいはそれも止まりがちになっている。忙しいから、ではなく、むしろ反対、自由が多すぎて何も手につかないような状態に近い。情けないが、だいたいいつもこの時期はこんな感じになる。講義が始まったら、とても忙しくなるから、自分のために、自分の「本当にやるべきこと」のために、積極活用すべきなのだが、そう考えるだけで身体が固まってしまう。ちょっとはマシになったと思ったのだが、人間性なんて簡単には変えられない。これまでためしてきた打開策をちょっとずつ実現させていくしかない。旅行に行ったりもしたかったのだけど、その計画を立てることすらできなかった。もっとシンプルに考えるようにしないと。とはいえ、競輪場に行ったり、懐かしい人にあったり、ちょっとは休みらしいこともしたので、ぼちぼちここでの「公開日記」も更新しよう。

2018年8月22日水曜日

いれずみと私

りゅうちぇるの刺青の話は、興味深い。そういえば、日本の芸能人は表だって入れている人少ないようだ。韓国の芸能人を見ていると、びっくりする位、多くの人が入れている。ガッツリ系から、ワンポイントまで色々だけど。その割に、地上波では結構規制もあって、入れている人がテレビ出演する時は、その部分にテープを貼ったりして隠したりしている。完璧に見えなくするというより、間接広告にならないために商品名を隠すみたいに、ここ隠してますよ、と分かるような隠し方で。そんな面倒があるなら、テレビ出る仕事の人は入れなきゃいいのに、と思うけど、入れたいという気持ちはそれを上回っているのだろう。

自分は、刺青に対しては、「わ、刺青だ」という感想を持つ。ファッションだから、自由だから、とか否定しないための理屈は後から頭に浮かぶが、まずはやっぱり「わ、」と思う。教えに行っている大学の一つで、女子学生の足首に、小さな彫り物があるのを発見した時など、口には出さないが、「へー、はー、ふーん、うーん」としばらく色んな感情がわいた。すぐに、なんてことないか、と思うようにしたが、身近な人が「入れようと思うんだけど」と言ったら、とりあえず反対はするだろう。やめといた方がいいんじゃないですか、と。連れ合いとか、いないけど自分の子どもとかなら、本格的に反対すると思う。やめておけ、と。なぜだろうか。不良のシルシだからか。それは当然あるけど、やっぱり、ファッションっていうものは、流れ去るものであり、今カッコよくてもそのうちそうじゃなくなるに決まっているから後悔する可能性が高いよ、というのもある。その意味では、ヤクザ屋さんの「伝統柄」はそのリスクは低いのかもしれないが、今の話は、そういう本格的なやつの事ではないので、とりあえずおく。(もちろん、線引きなんて簡単にはできないだろうが。)身体に刻み付ける、という行為のメッセージ性は、強力なものだと感じる。

というわけで、自分は(多分)入れないが、あこがれの気持ちもある。入れている人を見たら、この人は、あるタイミングで「引き返せない道を行く」決断をしたのだなぁ、という尊敬の念も感じるのだ。決断。自分が避けてきたものだ。しんどかったら、引き返せばいいや、と常に精神的な逃げ道を用意しながら生てきたような気がする。実際には、刺青を入れたって別に引き返せるし、自分だって、ゆるゆるとは小決断を積み重ね、その結果、引き返せない深みに知らず知らずはまり込んで今に至っているのだから、何とも言えないのだけど。とにかく、「よし、ここで、自分はこう生きよう」と決意するのは、カッコいいと思う。りゅうちぇるのお父さんも龍をしょっていたんですってね。それが、彼にとっての父の背中だったのだな。

刺青入れている方、銭湯やサウナでご一緒する機会があったら、たぶん、チラチラ見てしまうと思います。単にビビっているわけでも、もちろん、バカにしている訳でもありません。自分なりに、メッセージを受け取っているのです。失礼にならない範囲にとどめますので、悪くとらないようよろしくお願いします。もし、入れるとしたら、どんなのがいいかなぁ…とちょっと妄想する今日この頃。