2018年2月19日月曜日

スポーツに対する相反する思い

オリンピックをやっている。自分は、ほとんど見ない。興味ないから、というより、見るとワサワサとした感情がわくからだ。見たら、当然ながら、結構面白い。じゃぁ、面白いから見よう、とならない。ひっかかりは、ナショナリズム関連のものと、あとは、自分自身のスポーツへのコンプレックスもあるか、とにかく、よく分からないが、素直には楽しめないのだ。面白い所あるのに。自分は形ばかりとはいえ、スポーツ何とか学会に入っていたりする。そういう所にいる人は、全員がスポーツ好きだ。調べた訳ではないが、普通そうだ。近年、ポピュラー文化に関する研究とかも増えてきて、マンガ学会やポピュラー音楽学会などが生まれ、規模も大きくなっている。まさか、そんな学会に入っていて、例えば、マンガ嫌いや、音楽嫌いはいないだろう。趣味がいろいろで、こういうのは嫌だとか、うるさい人は多いだろうが、基本は、マンガ好き、音楽好きに決まっている。スポーツもそうだろうが、自分は苦手なのだ。じゃぁ、そんなものに関わらなければいいのだけど、気にはなるのだ。自分はなぜスポーツが気になるのか。それなのに嫌なのか。この辺り、これから真面目に考え直して、何か皆に共有できる形にしたいと思う。それにしても、一つの競技に人生かけて生きるってどんな感じなのだろう。何が見えるのだろう。何にも賭けずに生きてきた自分のようなものには、とても見えない何かなのだろうな。スポーツ苦手だが、スポーツ選手たちの姿が見える場所には居たい、と思ったりもする。

2018年2月15日木曜日

あけおめ他

あけましておめでとうございます。日本以外の東アジア圏では、明日あたりから陰暦の正月休みのようですが、この「あけおめ」は新暦のものです。11月から更新してませんでした。書きたいことはあるにはあったけど、どうしても優先順位は下になってしまっておりました。ツイッターは、暇つぶし、逃避、寂しさ紛らし、などなどの目的で毎日何かつぶやいてますが、ブログになるとちょっとは集中力が必要になり、やるべきことが他にある時は、なかなか手がつけられません。この間、ようやく本を出版できました。あれこれ20年かかりましたが、今回の本の原稿を実際に書きはじめたのは2015年くらいからです。このブログ、これまで無気力な記事を時に更新するだけでしたが、無事に出版できたあかつきには、宣伝したり、裏話を書いたり、あるいはテーマである競輪について情報発信したり、エッセーのようなものを書いたりするのに活用しよう、などと考えていました。自分には正規の仕事場もなく、積極的に関わっているアカデミックな集団もないので、「誰でも発信できるツール」を使って、直接、「読者」に届けるしかないだろうと。出版して3週間過ぎました。ツイッターは告知にちょっと活用して、全国で20人くらい(何となくの予想)には買ってもらったような気がします。ありがとうございました。出版を通して考えたこと、反省点なども、いずれ書きたいと思います。これまで、ツイッターは匿名で遊んでいました。知り合い等には隠してませんでしたが、知らない人には個人情報は隠したままでした。今回、本の宣伝をするために背に腹はかえられず実名垢(だいたいは)にしました。連動している、ここもそんな感じになっています。毎日、自分以外に一人のアクセスがあるかないかだったのが、10人以上くらいには増えたようにも思えます。全然更新していないのですが。本のことを知って、ついでにのぞいてくれている人もいるのでしょう。しかし、SNSというものは、顕名にすると書き込みに当って「こんなの書いてもいいのか?」という自分内編集者の声は、やはり強くなりますね。講義を受けてくれている学生さんに見つかって、不快な思いさせないかな、とか。政権の批判のようなものをつぶやいたら、これこれな人に、あれこれだと思われるんでは、とか。どう思われても別にいいけど、面倒くさくはあるな、とか。逆に、まじめに社会問題に取り組んでいる人とかに、競輪の話題とかめざわりかもな、とか。そういうものです。趣味用は趣味用。友だち用は友だち用。その他、自分が持っている顔毎にIDを使い分けてSNSをしている人がいるのを不思議におもっていましたが、分からなくもないではない。でも、ツイッターのタイムラインは、ごちゃまぜで色んな物が流れてくる方が、自分にとっては面白い、と今の所は思っています。あんまりアホすぎる差別的なものなんかは、ミュートするなどしていますが。とにかく、これしか手段がないから、SNSはしばらく使い続けます。ここも、もう少し頻繁に更新したいと思います。今年は。

2017年11月1日水曜日

ジモトに尻尾をつかまれる

仕事帰り、近所のスーパーで安いワインとスナック菓子を持ってレジに並んでいたら、どこやらから我が名を呼ぶ声がする。

「よどがわ、よどがわ君やろ?」
振り向いて見たら、少し赤ら顔のおっさんであった。

いかにも、自分は、よどがわですが、何か、というような返事をした。

「やっぱりな。いやぁ、なつかしいなぁ、覚えてへんか、ナントカや、ナントカ。」
と彼。どうやら、中学の同級生らしい。

数年前、自分が通っていた中学校の校区のほんの隣の町に引っ越してきた。ほぼ「地元」暮らしだが、年賀状のやりとりを含め、つき合いのある「地元の友だち」はひとりもいない。町で、たまにどこかで見たような顔と遭遇することはある。たぶん同級生とかなのだろうが、名前も出てこないから、話したりすることは当然ない。

しかし、今日、この町に来て、初めて、こういうことがあった。

「よどがわ君、自分あれやな、カントカとか、マルマルとかと一緒におったやんな。あと、ペケペケちゃんとか。」

彼の口から、いろんな名前が出てくる。そのうちの何人かは、記憶にある名前である。しかし、目の前の彼、ナントカ君のことは、どうしても思い出せない。ちょっと申し訳ない気持ちになる。向こうは、たいそうな、懐かしがり方なのだ。

「いやぁ、ほんまに、懐かしいなぁ。お互いにオッサンになったなぁ。」

ナントカ君の話は、続く。この場を立ち去りたい気持ちと、もう少し思い出さないと申し訳ないという気持ちと。そんな葛藤はおかまいなく、ナントカ君は次々にヒントを出してくるのであった。

「よどがわ、って勉強できるってイメージあったわ。今、何しているの?」

今、何しているの。よどがわ君は、今、何しているのだろう。ほんとうに。

「まぁ、いろいろ仕事しているよ。」と、ごまかすためだけの、「無」の返答をしてしまう。

「そうなのか~。いやぁ、なつかしいな。」

あまり聞かれたくない、ということを察してくれたのか、そもそも「何しているのか」に大した関心もないのか分からないが「無」の返答をスルーして、懐かし話を続けるナントカ君。

「よどがわって、エロいイメージあったわ。お互いにエロかったよな。エロい話一杯したよな。」

……。

ナントカ君によれば、中学時代のよどがわ君は、勉強ができて、エロかったらしい。
その話を聞いて、私は、ようやく中学時代のよどがわ君の姿を思い出した。同時に、目の前で懐かしがって自分に話しかけてくれているオッサンと、中学時代、エロい話をしていたことも。

いた、いた。ナントカ君。確かに、こんな顔だった。いつも、スケベな話をしていた。中学生にしては、下半身が大きくて、何度も見せられたりしたわ。

と、本当にしょうもない、どうしようもなく、くだらない、中学生らしい(のかどうか知らないが)思い出が、封印していた(のかどうか知らないが)思い出が甦ってきた。まざまざと、ってほどではなく、うっすらとだが。

「いやぁ、ほんま懐かしいな。またペケペケとかに言うとくわ。よどがわに会ったって。」

ナントカ君は、中学時代の友だちと未だにつき合いがあるらしい。そうなんだな。地元で生きているんだな。

オッサンになったよどがわ君は、「まぁ、また」とごまかすように言って、30年以上ぶりの出会いの場面を終わらせてしまった。連絡先も、詳しい住まいの場所も何も伝えず、冷たい人間だろうか。「彼ら」が今、どうしているか、知りたいような、知ってもどうしようもないような、話すこともないような、会ったら会ったで何か話題があるのかもしれないが、まぁとにかく、それで終わった。

ちょっと勉強ができて、だいぶエロかった、あの、よどがわ君は、今、何をしているのだろう。地元に住んでいて、夜にスーパーで買い物しているくせに、地元の誰とも連絡もとりあわずに、な。オッサンになったが、見かけはそんなに変わってないのかな。30年ぶりに会って、当時は掛けてなかったメガネ姿でも、分かるくらいなんだからな。彼の記憶力がすごいのか。老けただけで、顔は変わってないのか。よどがわ君は。

複雑な気分を抱えて、家に帰ってきた。そろそろ、この町を離れた方がいいのかもしれない、という気になったりした。「わしゃ、逃亡犯か」と自分に突っ込みをいれる、よどがわ君であった。

2017年10月28日土曜日

鬼も呆れる話

非常勤講師という形でいくつかの大学で仕事をして生活を維持している。全部一年契約なのでいつまで続くか分からない。毎年、この時期、来年もお願いしますというような連絡をもらってホッとする。今年はまだ来ていないところも複数ある。無くなったら無くなったで仕方ないと覚悟はしていながら、ほんとに無い、という連絡が来たら、一瞬、目の前が暗くなる。…ってほどでもないか。背中に気持ち悪い汗がツーっと流れるくらいか。これまでにも、何度かあったので、慣れてきてはいるのだ。収入的に一番依存している所が、となると、やっぱ真っ暗になるかな。大体、二年くらい前から「来年で終わりなんで」ということが多い。去年、「今年で終わり」と聞いていた所、諸事情で空きが出来、今年は週に4コマもやっていた。収入的にも依存していたが、来年は減少、再来年はゼロと言われた。連絡をくれるパイセンに、大学のあり方、その他、文句を言いたいこともいろいろあるが、その方も専任ながら任期制で立場が弱いらしい。とにかく、何を言っても仕方が無い。…と思わされているのだろうな、自分自身が。

ということで、さて、再来年からは取り急ぎ、どうしようと不安になるのだった。最低限の生活を維持するのに月に数万円は足りなくなりそう。アルバイトニュースを眺めてみて、短期バイトとかできる何かないかと、考えてみる。街を歩けば、中高年でバイトをしているような方の姿も目に付くようになった。できないこともないのだろうな。「先生と言われるほどの馬鹿はなし」という言葉もある。中途半端な立場ながら、「先生」業に手を染めてきた自分は、おそらく自覚している以上に、無根拠にえらそうな人間になっているはずだ。バイトしたら、そんな部分が知らずに出てしまい、バイト仲間からいじめられるんじゃないか、などと考え、リアルに震えてきたりもするのだった。まぁ、来年のことでさえ、鬼が笑うというのだから、再来年のことなど考えないことが肝要だろう。

かりそめの職場だから、どの職場にも、できるだけ過度な愛着を持たないようにとは意識しているが、感情統制力が弱い人間なので、通勤路の風景、それぞれ色々抱えていそうな学生たちの顔、講義後の教室で一人味わう気分、講師控室で見かける顔の幾つか、などなど、もうすでに切ない何かになりかけている。「再来年に縁が無くなりそう」と聞いただけで。鬼も呆れる話だ。非常勤講師の仕事は、一生懸命やっても、手を抜いても、クビになる生き残る、というのは全く関係ない。よっぽど大きな問題を起こしたというのでないかぎり、すべてカリキュラム編成とか、文科省がどうしたとか、経営の方針が変ったなどで決まる。ココでの話は、経営悪化で、専任ができるだけ全部すること、という方針に従ったものだという。あんなホテルみたいなキレイな新校舎作る金はあるのにね、とか嫌味を言いたくなるが、もっと安定した立場だった知人も大変な目にあったし、危機は危機なのだろう。顧客であり、主役であるはずの学生たちのリアルな状況は関係なく、勝手にすすむ、あれやこれや。とにかく、与えられた期間は、自分なりに意味のあることをしよう、という思いを持つようにしなければな、そうだな、うん、そうですね、と虚しく自分に言い聞かせるのであった。

2017年10月22日日曜日

長雨で蘇るジベタ地帯らしさ

このあたりは海抜0メートル以下。もとは工業地帯なので地下水の汲みすぎによる地盤沈下によるものだ。というようなことは、小学校のときに社会科で習った気がするが、どうなのだろう。「ブラタモリ」の大阪編にも出ていた新之助さんは「十三の今昔を歩く」という面白いブログを主催され、それを元にした本で有名になられたようだが、「十三の」というくらいだから、おそらくご近所の方なのだろう。自分の住んでいる団地の「昔」についても詳しく載っていて、いろんなことを教えられた。今の淀川は改修後のもので毛馬からまっすぐ海に向かっているが、それまでの川の流れはもちろん、ぜんぜん違う。今でも地図を見ると、元は川だった様子がわかるような道があったりもする。わが家は、明治時代くらいまでは、荒地かなんかだったよう。川ではなかったが、まぁ、使い物にならないようなところだったのでは。先日、同居人と上町台地あたりを散歩した。ちょっと「上」になっているところは、それなりにいい雰囲気が残っていたりする。神戸でも東京でも、金持ちは、やはり山の手に住むのだ。考えてみれば、ずっとゼロメートル的なところに住んできた。実家も今の住まいも集合住宅だから「上」の方だが、土地の性質(って非科学的な表現だがまぁ何かそんなもの)は、ジベタって感じのところばっかりなのだ。一瞬だけ、千里ニュータウンの端っこに住んだが、土地の質があわずに逃げ出した。やっぱりジベタが相応しい人間なのだろうか。日のあたる、山の手に住むと人間性も変わるかもしれない。そのためには金がいる。金があれば、人間性も変わるに決まっているのだから、なんというか、山の手に住んで変わったとしても、それは山の手であることがそうさせたとは言えないかもしれないな、とかどうでもいいことを考えるのであった。このあたりの平屋では、納屋にボートを持っているようなところもあったらしい。洪水に備えたもの。この間の長雨に、台風の影響で淀川の水量は相当になっているが、洪水になるほどのことはまずなさそうではある。それでも、ゼロメートル地帯的な、元は湿地だったという由来を感じさせるような、ある種の「暗さ」のようなものが、いつもよりはちょっと強めに漂っているような気がする。何となくだが。早く、秋らしいカラッとした天気に戻ってほしい。

2017年10月1日日曜日

バタバタ

旅行記など書こうと思いながら、毎日のバタバタに流され今日に至る。普通に忙しく働いている人と比較したら、のんびりしたものなのだと思うが、自分としては何となくあわただしい。「バタバタ」って言い方、どうなのかな。もしかして世代を感じるようなものになっているのかな。これまでなんとも思っていなかったような、自分にとっての当たり前が、なにもかも時代遅れになっているのでは、と気になるようになってきた今日のこの頃。こんなことこそ、気にしても仕方がないから、気にしないようにしたいが。後期の授業が始まった。非常勤講師の仕事がいつまであるのか分からないが、とりあえず今年はあるから、生きていける。適度な仕事量をいただけるとありがたいが、話があって断わったら、もうそれは回ってこないものであり、あるものも何時なくなるか分からないものだから、来た話は、日時が可能ならとりあえず引き受けている。今年はかなりきつめのスケジュールになっている。勤務時間だけ見たら何てことないのだけど、仕込みと片づけを考えるといろいろきつい。あとは移動と。でも、いいのだ。仕事ができるのはありがたい。辛いけど。できれば、他の仕事とまぜてやりたいのだが、今は、これでなんとかする。それで、一応、バタバタ。それでも、もうちょっと定期的に、かつ面白いブログを書きたいと思ったりもする。

2017年9月17日日曜日

内なる声をふさいだ方がいいかもしれない

どこかに行きたい、という気持ちがもう湧き起ってくる。先週、韓国行ってきたのだけど、また行きたい。特にどこに行きたいってことはないけどちょっとした非日常に身を置きたいということだろう。旅の多い仕事の人がうらやましい。もちろん、仕事でやっていると、それが日常になり楽しくはなくなるのだろう。それでもな。もうすぐ後期の仕事が始まる。休みがないと嘆いている方々が多い中、そういう人からしたら夢のような長期休暇がある。もちろん、それだけ仕事や収入があっての休みなら、大変贅沢なのだが。家で少しずつ、自分で考えるやるべきことをやるのだが、自己抑制力の無い自分にはとても十分に生かせない自由だ。情けない話です。でも、もう自分のことはある程度分かってきたから、全体を意味深い物にするのは諦めて、何分の一かでも意味あるものにできればいいなと目標をすごく下におくようにしている。おかげで、少しは何かができるようになったが、極めて薄味の活用だ。それなら、何か賃仕事でもするべきなのかもしれないが、やはり自由は、ちょっとでも先につながることに使いたいという気持ちが捨てきれず、踏ん切りもつかない。後期は週に10コマある。ありがたいことだ。しかし、体力的、精神力的に結構きつく、準備のことを考えること自体、今から憂鬱だ。ただ、最近は、いろんな心配が複合的に来ているので、仕事のしんどさそのものはちょっとまぎれていたりもする。嫌だという気持ちにこだわると、よりしんどくなってしまうから、いろいろ心配の種が分散しているのは精神的にはいいのかもしれない。漠然とだが、何か他の収入手段が作れないかと考えてはいる。一回きりの人生なのに、もう少し主体的に生きれないものか、という青臭い願望が湧く。今さら何言っているんだ、という内なる声。この口をふさぐことが必要かもしれない。