2018年6月21日木曜日

時の人・木暮選手との遭遇

 ツイッターでチラッと書いたが、岸和田競輪場で開催された高松宮杯最終日の帰り道、偶然、木暮安由選手に遭遇した。南海の新今宮で環状線に乗り換えるのだが、木暮選手もそうだったらしくホームでスマホをのぞいて乗り換えの確認をしていた。
 スラッと背が高く、高そうなオシャレスーツを着ていたので、なかなかのオーラだった。私は、「あ、木暮だ!」と引き寄せられるように近づいて行ってしまった。レース直後とはいえ、競輪場から出たオフの状況で、ファンに話しかけられるのは迷惑だろうと思いつつ、このタイミングで、あの木暮選手に偶然会えるなんて、これは競輪の神さまのおぼしめしなんじゃないか、と思わずにいられなかった。

 私は、もともと木暮選手が好だった。コメントや記事を通して、レースに独自の哲学を持っているように感じていたし、たたずまいというか、無表情じゃないのに感情があまり表れない、勝負師らしい顔なんかも気に入っていた。去年、18きっぷを使って、大阪から福島のいわき平まで、ちんたらオールスター競輪を見に行ったけど、その時、木暮選手は目の前で危険な落車をした。ユニフォームも擦り剥けズタボロで担架に乗せられた彼に、例によって興奮した客の一人が罵声を浴びせた。片膝立てで運ばれながら、木暮選手は、その客の方にスッと目を向けたのだ。そして、ほんのちょっと笑った、ように見えた。その表情には、何とも言えぬ色気があった。とても印象深いシーンだった。
 今開催で、彼は競輪界の時の人になった。決勝戦に当って、競輪界の常識を覆すような選択をしたからだった。ファンには説明不要だろうが、簡単に解説すると、競輪は地域毎にラインを組んで半団体戦で戦う。その際、強い先行選手の後ろの位置が好位置になるのだが、一番有利なそこに誰が行くのか、その後ろでどう並ぶかは、だいたいの慣例で決まっている。今回、吉澤という選手が関東地区の先頭を走ったのだが、そのすぐ後ろの位置をめぐって、木暮と武田豊樹が競ることになったのだ。武田はタイトルを幾つも取ったスター選手で、木暮にとっては隣接地区の大先輩。しかも、武田と吉澤は師弟関係にある。慣例なら、その絆を尊重し、武田に前を譲り、三番手をまわる、という選択をするところだった。しかし、木暮は、タイトルを取るために、二番手を武田と争う、と宣言したのだ。木暮と武田の競り、というニュースは、ファンの間に大きな衝撃を与えた。「お約束」を破る、下克上宣言だった。
 評価は様々だ。めちゃくちゃだ、バカじゃないか、という意見も多かった。競りになるとエネルギーを消耗して、たとえ武田に勝ったとしても、一着になれる可能性は低いだろう。今回は、オリンピックを狙う脇本という近畿の選手が絶好調だ。関東で力を合わせて何とかするべき時に、そんなことをしたらそのチャンスもなくなるだろう。もし、三番手が嫌なら、近畿地区の二番手とか他のラインに競りかけるべきだ。武田に挑むにしても、この機会が、よかったのか。云々。どれもごもっともな意見だった。
 今回の木暮選手の選択が正しかったのか、どうか、自分は分からない。そもそも、何を以て正しいというのか、そんなものがあるのかも分からないが、とにかく、私は、彼の選択に、とても興奮した。いったい、どんなレースになるのだろう。どんな思いで決断したのだろう。挑まれた武田はどんな気持ちになっただろう。これから、他のレースで同乗しても、ギクシャクすることになるだろう。他の選手にも、不文律を破る奴だと見られるようになるかもしれない。それを分かって、木暮は選択したのだな。ここに至るまで、どんな経緯があったのだろうか。どれほどの決意だったのだろう。とにかく、これは、ぜひぜひ生で見なければ…。
 昔、プロレスのタイトルマッチをワクワクした思いで待ったような、そんな気分になれた。ビッグレースの決勝は、いつも楽しみではあるが、今回の期待感は、予想とはまた別の、何か競輪の歴史に関わる場面が見られるんじゃないかというような、そういう種類のものであった。競輪がただのスポーツではなく、かといってただのギャンブルでもない、人間関係のしがらみを意識しながら個人が仕事として戦い続ける、独特の性質を持つものだということを、改めて感じさせるものだった。
 結果は、結束した近畿ラインの思い通りのレースになった。武田と木暮の二人は競りに消耗し、下位に終わった。ただ、しこりだけが残ったと言えるのかもしれない。しかし、「競りになる」という情報が流れてから、レースが終わるまで、十分に楽しませてもらった。木暮選手のこれからには、目が離せないな、と思って競輪場を後にした、そんな自分の目の前に、その木暮選手が現れたのだから、テンションがあがってしまったのだ。
 
 「握手してください!」とミーハー丸出しで声をかけた。よく考えたら、良いオッサンが、一回り以上も年下の男性に言うセリフではないが、ほんとに握手して欲しかったのだ。
 木暮選手は、あ、ハイハイという感じで、応じてくれた。その雰囲気に、優しいものを感じたので、「競りのレース、面白かったです!ああいうレース見たかったんです!」と「気持ち」を伝えたら、「あ、ほんとですか!それなら良かった!ああいうレースもたまには良いですよね?」と嬉しそうに相手をしてくれたのだ。オッサンのハートは一瞬で鷲掴みされた。イメージと違って、なんとさわやかなんだ。今回の自分の選択にファンの一人が喜んでいる、ということを、彼が喜んでいるということが、何とも嬉しかった。いやぁ、良い選手だなぁ、と改めて感じた。「がんばってください!応援してます!」と木暮選手を見送った。
 
 彼も、ここで環状線に乗り換えるようだった。訳の分からないファンに付きまとわれたら迷惑だろうと、しばらく待って距離をとってから、自分も環状線の方に向かった。すると、背の高い彼の姿がまだ改札の前に見えた。どうやら、乗り換えに戸惑っているらしい。それならば、と「新大阪行くんですか、ならこっちですよ」と案内することにした。聞くと、ユニバーサルスタジオ方面に行きたいのだという。家族が来ていて合流する約束らしい。なるほど、G1の次の日は、家族サービスなのか、とほほえましく思い、迷惑でなければ自分も同じ方面だから乗り換えの駅まで連れて行きますよ、と伝えた。「いやぁ、大阪の人は親切ですねぇ、すみません」と笑いながら一緒に環状線ホームに向かった。ホームにいた、ちょっと年かさのおじさんが「あ、ヤスヨシ!」と木暮選手に気づいて声をかけた。東京から来て旅うちしているというボートと競輪ファンの人だった。「東京からですか!すごいですね」と普通に会話しながら、まるで前から知り合い同士みたいな感じで、三人一緒に電車に乗った。
 折角だから、今回の「選択」について、おそるおそる気になることを聞いてみたら、拍子抜けするくらい率直に、自分の考えを話してくれた。「武田選手と気まずくなりませんか?」と聞いたら、「どうですかね。自分は、挨拶はするつもりですけどね」と答えてくれたり。もちろん、一ファンに語ってもいいのはどんな話か、考えてのことだろうけど。
 「親切にしてくれたお礼に」と私と、もうひとりのおじさんに、特製Quoカードまで手渡してくれた。「木暮、クソって思った時には、500円使ってください」と笑いながら。おじさんがサインペンを持っていたので、私も便乗でサインしてもらった。
 
 ということで、これから私は、木暮選手の出るレースは、彼の頭から応援車券を買うことにします。こんなことがあったら、皆さんでも、たぶんそうなるでしょう。
 業界を騒がせた掟破りの癖の強い競輪選手、木暮安由は、とにかく、めちゃくちゃナイスガイでした。

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